会社に行って、荷物の資料を整理していると懐かしいものがでてきました。
1996年2月、長野オリンピック・パラリンピックの競技委員長、白馬の和田光三さんとスウェーデンで開催された障害者スキー世界大会に視察に行った時のこと。
まだ世界大会に出れるような日本選手はいなく、「2年後の長野パラリンピック、日本代表の選手はいるの?」と心配されていました。
そんな時に、和田さんが「全中に片腕の生徒が走っていたな〜」と教えてもらいました。
帰国してから、全中(全国中学校スキー大会)の成績表を取り寄せて、片腕の中学生を探しました。
その時のリザルトが、今日、資料を整理していたら出てきました。このリザルトがなければ、金メダリストは生まれていなかったかもしれません。
人との出会いは、本当に不思議です。
資料を整理しながら、当時のことを思い出しています。
岐阜で行われた全国中学校スキー大会
最初は分からず、宿の方から岡山県の中学生と教えてもらいました