彼が日大時代に、パラリンピックチームの応援をしてもらっていた。
長野パラリンピックからのワックスコーチ。
バンクーバーパラリンピックでは、ワックスチーフコーチとして、選手たちのスキーを作った。
選手からも「ワックスのおかげ」と感謝された。
金メダル2、銀メダル1は、彼の功績といってもいい。
ワックスチームを本当にまとめてくれた。
今日、電話で話す機会があって、今、フキが旬で、休日は山菜採りらしい。
そんな山菜取りの趣味があったとは知らなかったので、ちょっと意外だったけど、
「田舎にいても、なにか熱中できるものがないとダメなんですよ」と。
学校や部活の顧問で忙しい毎日、うまく自分の趣味に切り替えて、リフレッシュしているのだろう。
うらやましい限りだ。
自律神経系の肩こりや耳鳴りで苦しんでいる僕にとっては、手本になる。
スイッチの切り替えをできる生活スタイルの改善していかなくっちゃ。
チーム下川 竹原日記
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白いウェアが竹原健介先生